ウクライナと同じで、変わった出来事や「フ〜ンあっそ、だから?」って内容です。

2012年8月24日〜11月13日 日付けは覚えてないので・・・

2年前にモルドバ・トルコに行ったときに、クラスの双子が「今度来た時、数日だったら泊まって言い」って言っていたが、いざ出国が近付いたらまともに連絡取れなくなった。
まあ、空港に居なかったら自分でホテル探せばいいやと思っていたら、案の状居ないし。
 simカード買って電話したら仕事だってさ。今回は荷物が多いので、バスはやめてボッタクリタクシーで予約はしてないホテルキシナウ(初めはhotel nationalに行こうと言ったが営業してないって運転手が言った)に行った。タクシーはチョッとだけ値切って150レイ(ボタニカから空港で70・80レイ位だから倍の値段)。ホテルは1泊440レイ
 街中は昔国営デパートの所に、所狭しと出店?が出ていて物凄い狭いしガサツな気がした。piata centlala辺りからはそんなには変わって居なかった。

 ホテルに2泊した後は、双子とは違う19歳の女の子の家に泊めてもらえる事になった。2年前も泊まったアパート。
親は居ないので、女の子3人が大部屋で自分は鍵付きの部屋に泊まる事に。
 2人は知ってるが、後1人は前の職場で知り合ったって。ルーマニア語しか喋れないって彼女らが言ってたから。初めは話掛けたりしなった。2人はロシア人だけど、ルーマニア語はほぼ完璧。
 彼女達は好きなだけ居て良いよって言ってくれた。誰かしら家に居るって退屈ではないから楽しい。(後から知ったが、双子とは仲が悪いらしい)
家賃はどんぶり勘定です。欲しいときに貸しってって言ってくるが、払ってとは言ってこない。それが、家賃に相当。14歳から一人でやってきたからしっかりしている。国からの補助金はもう終わったって。それで、家賃に関して双子が払いすぎだとか煩い煩い。食事も、あんたが買ってきた分はあの子達にあげちゃあダメだから、買ってきたら見えない様にして部屋で一人で食べろとか・・・。(後から聞いたが、双子の姉と旦那と子供と一緒に住んでたけど、電気代と一切払ってくれなかったって、で向こうは「あの子自分で買ってきたものは、こそこそ自分の部屋で食べてた」って・・・・自分らは家賃払ってないとかそういう都合悪い事は言わないでね。
自分が使ってない皿やコップが溜まってきたら洗うんだけど、彼女はそんな事しなくていいって言うし掃除もするなって言う。また、それはそれでこっちが居ずらいんだけどね。
ルーマニア語しか話さない子とは2人きりだと、初めはお互い避けてた。なんかルーマニア語喋るのがチョト恥ずかしい(文法忘れたから)感じでね、向こうは向こうで頑張ってロシア語で話かけてくるようになった。
 毎週金・土曜の夜は友達が大勢やってくるから賑やかでうるさいね、自分なんか昼間する事ないから、12時には寝たいんだけどね。彼女らは毎朝10時とかまで寝てるし。

 歩いて2分位に24時間スーパーやってるから便利だし、バス停も直ぐそばで、空手行くには市内経由バス(綺麗な5番)でも行けるし、外回りのトレーラーバス(古い23番)でも30分位で行けるから非常に便利。マルシルートカって言う小さなバスはあんまり乗りたくないし、トロリーバスは目茶目茶混んでるし。バスは混んでないし、トロリーバスみたいに長くバス停停まらないし、追い越すから速いが、本数少ないけどだいたい座れる。市内に行くにはMoldMALLて言うきれいなショッピングセンター通る。バス3レイ・マルシルートカ3レイ・トロリーバス2レイ。
場所的にはすごい良いだけど、6年前に警察官に拘束されてトラブルになった場所と目と鼻の先ってのがチョッとね・・・・。日本大使館が抗議したので、警察署に何度も事情聴取されたし。

●入国から数日後、極真会に行って見たら、先生が彼女欲しいかって聞いてきて。今度紹介するって言って来た。彼女も空手やってたから会ってるはずだと言われたが、多分会ってない。先生の嫁の妹。
その後、stefan celmare に来いって言われて行ったら先生家族とその女性が居たから、みんなで何処か行くのかと思ったら、じゃあねって何処か行ってしまった。で、2人で公園で話をした後にピザ屋に行った。こういう知り合い方は初めてだからチョッと変、まあビール飲んだら自我出てベラベラ話したけど。
大体週に1回位のペースで会ってた。

●славянский университетеに再入学手続きに行ったら、書類返しってって言うから、返してもらった書類をそのまま出したら、「下で手続きしてきて」と言われて行ってみると、「この書類ではだめ」と言われた。
「5年前はこの書類で2年勉強してきた」って言ったが、今は今って言われた。ここからが悪夢の始まりです・・・・・。

2013年6月28日
空港に深夜到着で女の子と男友達が迎えに来てくれていました。ロシアからの便も到着したので結構混んでいました。友達が空港に居なくて、移動手段はボッタクリタクシーだけとか心配したけど安心した。そこから、タクシーやってる友達を電話で呼んで、クリスティーナのアパートへは行かず、あらかじめ了解済みの誰かの友達の一泊20ユーロで一週間滞在予定のアパートに行った。大学の直ぐ裏だから、長期は住みたくないエリアだな。
 wifiのログインとパス教えてもらったから、どうにか部屋でインターネットが出来る。
●キシナウ市内は意外と至るところに無料wifiがあるから便利、電話会社が違ってるとかインターネット契約してなくても、ボタン押すだけでログインできる。旅行者とかには凄く有難いです。自分はorangeだけど、電話番号を送ってSMSでパスワード貰わないとログイン出来ない所も在る。
●ビデオカメラ預かってもらってる、マリナ(ルーマニア時代からの友達)と会って、浴衣セット(彼女が選んだ)とか緑茶のティーバックとか、買って来てと言われた海苔巻き用の海苔とかをピザ屋で説明しながら渡す。味噌汁とかは口に合わないかもしれないので、そんなにはあげず。ワサビ・麦茶は持って行くの忘れた。
 どうせ海苔巻き作るなら日本の醤油で食べてもらいたいけど、ここで売ってるのはキッコウマンのくそ高いやつだから、使ったら返してくれれば貸すよって言った。値段が高めの硬いペットボトルの醤油、日本酒もあげた、自分は毎回海外は大きいスポーツバックで行くから重量は稼げるけど破損が怖いから、液体は避けたいけど、まる(オレンジのパック)は2回目だけど大丈夫だった。
焼肉のタレとか、カレーの素とかもはじめて持ってきたので、結構重かった。
●折り紙クラブの人にも頼まれてた、切り紙の小さい子向けの本とか三冊と、11年前京都(ルーマニア行って殺されたら、二度と銀閣寺見れないと思い)に行ったときのガイド本とかお城の本はプレゼントしました。この人は本当に日本人に親切にしてくれてるので、頼まれた物もプレゼントしようかなとも思ったけど・・・・。お金は現地通貨でいつでも良いですって
 日本人がくれる折り紙・切り紙の本は、大人向けだから(うれしいけど小さい子にはチョットって)小さい子が見ても解らないから、とても助かると言われた。買うときは簡単すぎるかなって思ったけど。

●大学に来るように言われて行ってみると、自分が用意した書類に、デジカメで撮った卒業証明書(初めはFAXでいいと言われた)を糸で綴じて、そこに封印みたいな感じで日本大使館のスタンプを押してきて、表紙はロシア語でもいいから、大使館が認めた書類ですと書いてもらって来いっていわれた。
ハーグ条約гаагская конвенцияで日本国の外務省の印鑑を認めないのは、おかしいのでは無いかと言ったが、聞く耳持たず。
そんな訳で、キエフに行ってきたけど。
 結果、公証役場で作った書類に外務省のスタンプが押してある書類(ホッチキスで留めてある)に、いくら相手が言いといっても、デジカメで撮ったものに割り印して、証明はできないと言われ、大使館からキエフのモルドバ大使館に連絡とってもらって、たぶんそこから本国へ問い合わせて、日本国のスタンプは有効だから、大学が入学許可を直ぐに出さないのはおかしいと言う結果になり、手ぶらで帰ってきた。
相手国の書類の封印の仕方(糸で綴じる)も従う必要も無く、日本の方式でまったく問題ないのが、ハーグ条約だとのこと。
あまり言いたく無かったが、数年前非公式(大使館からの要請で)に日本人を救護してあげたのだから、書類作ってくれと言ったが無理だった。今思えば、下手に外務省のスタンプが有る書類に手を加えなくて正解だったと思う。
 2年生まで終わってる大学は諦めて、別の大学入った方がよいと言う考えに変わり、元彼女?と会って話をしてきたけど、そうするとULIM大学の証明書をどうやって奪い返すかが問題なんだよね。。。。

8月8日
 モルドバに来て結構時間が経ってるから早く、大学の入学手続きしないとまずい。2年まで終わった大学はもう諦め、ULIMの方に手続き行って、いざ学部決めようとしたら、ロシア文学部は無いって言われた。かれこれ待ってたから16時廻ってしまった。
 あわてて、元彼女が推薦する大学(技術系)に再び説明を聞きに行き、入学できるか聞いたところ。結構親切に説明してくれて入学条件はクリアしてるけど、英語で用意したアポスティーユの成績証明書等の書類をルーマニア語で翻訳してきなさいって言われた。
 大学入り口には大勢の学生がinfomationの仕事してて親切だが、近所にノータリーの場所は在るか判らないって言われた。普段は至る所にあったノータリーもセンターまで行かなきゃ無いかなってバスに乗ったら、直ぐそばにあったため戻って、書類製作をお願いして来ました。スキャナーで読み取りPCに保存して、別の所に居る人が翻訳ページ数と文字数と言語を見て料金を出すらしく、日本人の書類だと高いかな?とかちょっと不安だったけど、「あなたの書類は一番安い1枚90レイだよ」って言われたけど総額と手数料が気になるんだよね。
 総額490レイって言われて、今払っても良いし、明日でも良いって言われたので200レイだけ払った。まあ妥当な値段かな??明日の朝10時過ぎに来てって。
 それから、元彼女と会って色々会話。話の途中でコノーみたいな感じでわき腹突っつかれるから痛いって言ったら、まだ病院行ってないのって言われたが。自然治癒しかないと思うんだけど。笑うと痛いから笑えないし。
 ULIM大学のディプロマを返して貰いに行ったけど、色々言って来て返してくれない。だけどзаявление申請書を見せたら「何これ」って言う割に、に明日来てくれって言われて直ぐに返してくれた話をしたら、こういう事は紙に書いて申請すると相手もビクビクして真面目な対応になるって言われた。手書きなんだけど。。。。
 帰り際にバス停で話をしていたら、空港に迎えに来てくれた男友達と偶然会った。こんな辺鄙なところで。 
8月9日
 朝方、ふと目を覚まして寝返りうったら、肋骨からパッキって音がしたよ〜。どうしよう、やっぱりヒビが入ってたのか?だが、今の音は折れた音ではないかい?起き上がれないです。何もしなければどうってことないけど、深呼吸とかちょっとの動きがかなり痛い。昨日とはとは比べ物にならない、一瞬の激痛がやってくる。だが、今日は忙しい
 10時過ぎにノータリーの所へ行くが、30分待ってって言われた。昨日の女の子は他の人が翻訳したから別の人が今から持ってくるからだって。封印は上記に書いたとうり、糸で縛ってそこにノータリーのスタンプが押してあった。
無事に受け取り、道路の向かえに在る大学に行き手続きに行くと、コピーを2部づつ取って来てって言われた。それから、パスポートのコピーとか写真は既にあるからそのまま渡した。
 滞在期間がどの位残って無いと、学生ビザ申請出来ないとか聞きに行き、住所登録の紙とか、健康診断書は必要らしいが、それについては何も言われなかったって事は、ULIM大学の人が言う、残り期間が45日以上ないと無いと受け付けてもらえないってのはウソかも知れない。日本人は90日までビザ無し滞在登録無しで過ごせるけど、国によっては1月しか滞在ビザ出ない国もあるだろうし。なかなか入学を決めない自分に焦らせる為に言ってきたのかも。
 そんな訳で移民局にいってきたけど、ドニエステル通過してるね〜って言われた。
 建物を出たら、2年まで終了した手続きさせてくれない、大学の担当者と偶然会った。今貰った紙を見せて、これとこれは必要だから準備した方が良いと言って来た。そんな訳で、病院でも行こうと思った。
 思いだしたけど、健康診断書って血液検査あるから2回行かないと行けないから、以前行った事がある病院に行ったら。もう今日は受付終了だから月曜日の8時から10時の間に来なさいだって。
 別の場所に有る病院へ行き、レントゲンだけ撮ってもらった。結構大きな病院だったので入院患者だけとも思ったけど、レントゲン撮るには医者の許可がいるので貰ってきてって言われても、どうすりゃあいいのか?医者を探してもらって、直ぐにサインくれてレントゲン室入ったら結構設備がよかった。機械を見たらshimazuって書いてあり、下の方には島津製作って日本語のラベル貼ってあった。結構新しいんじゃないかな?
それから、しばらくたって問診だけど、ベットに横になれない位痛いよ〜。肋骨を軽くだろうけどそんなに押さないで〜。別の部屋でエコー検査かな?の時に「保険入ってるの」って聞かれて。「あ、まずい高額請求される」のかって思ったり、過去の自費の診断もそんなに高くないけど、エコー検査は高そうでビクビクした。診察台がフカフカで横になれないし、「もっとこっちへ来なさい」って言われても、行けるほど力入れる事は出来ない。起き上がるのも時間がかかった。
 診察代は全部で47レイだった。あら安すぎない?日本円で約356円位。で、細かいお金が無いから1レイまけてくれた。また受付で待たされてる間、医者に賄賂要求されたらココに電話って写真入りの張り紙が有ったので、月曜日の医者対策に写真を撮っておいた。
その後、医者がやって来てエコーの結果の紙をくれ肋骨が折れてると教えてくれた。買った方が良い薬を紙に書いてくれて、スポーツとかもせずおとなしくしてなさいといわれた。レントゲン写真見せてくれと頼んだが、見ても解かりずらい場所だと言われ諦める。
 どの道自分は住んでる場所が辺鄙な所なので、ちょっと寄って空手の先生に見せておけば良いかな?(見せないと空手に来い来い煩そうなので)って思って行ったら居ないし。「骨が今朝折れたから当分空手には行かない」と電話で話した。帰りに薬(ベトナム・フランス・ルーマニアの何処の製品が良いって聞かれて、値段も聞かずルーマニア製)を買って、友達のマリナ(ルーマニア時代の)と会って話をして返ってきた。
8月15日
日本行きのチケットを急いで買いたいけど、何処も同じ値段だと思うと嫌になるね。
とりあえず、電車の駅近辺からセンターまでの道沿いが旅行会社多いから行って見たけど、うーん。グランドホールの下の所で取り合えず相談。
坂の途中に在る所で話をして対応がよかったのでここに決めたけど、どの道早く着いても住民除籍証が必要なので、日曜日着にすれば幾らか安く済み。尚且つ、警察署での発行が遅れない前提で受け取り、そのまま当日外務省で申請して翌日発給されたら、速攻で成田空港ってスケジュールなので、日付と時間を改めて考えてから購入した。そうすると、金曜日の朝には銀行で残高証明作ってから大学行けば間に合いそう。
そんなこんなで、20689レイ(約16万円)を人生初の店舗カード決済やってみました。初めに何回パスワード間違えて良いか聞いたり・・・。日本でも使ったこと無いから忘れた。一発で暗証番号が当たりホットしました。じゃなきゃ何度もATMで降ろさないといけないし、10万以上だから2枚カード使うとか面倒だし。
近くにあるadresaってアパートホテルに値段聞きに行ったらびっくりした、50ユーロとか言ってるし。無難なhotel chisinauが最安なのかな?440レイ
ウクライナのグリブナも、使う予定がなさそうなので交換した。
8月30日

0時20分にミューヘンから到着したらバスが無いじゃん、で空港内カウンターでタクシー頼もうとしたら、センターまで90レイって書いてあるのに120レイって言われた。まだ到着便が有るのでタクシー(ボッタクリ)はそこそこ居る。
前回入国時のタクシー友達が10分で空港に行けるってことで来て貰った。
ホテル・キシナウはいちお事前に予約して置いたけど、予約無しでもガラガラだと思う。なんだかんだでホテル着いたのが、1時半は廻ってたから今から24時まで滞在良いって言われた。朝9時にはciocanaに行く予定だったのでホテル代が勿体ないと思ってたたが、休憩に戻って来れるからよかった。
銀行で残高証明発行してもらい、そのまま大学に行き手続きに行ったが、何故か担当者が居ないので2日にまた来いって言われた。時間がなくなる〜。でも月曜は(自分は)休みだから火曜日だとも言われた。
その後、ホテルでネットしながら部屋さがしたが、電話してみると外国人だからか・・・で探すの面倒。2週間前の大家に電話したら空いてるって言うので、ホテルは「時間まだあるから、休んでけば」って言ってくれたが、直ぐに元のアパートに戻った。
ネットも直ぐ使えるけど、タブレットしかないし無線LANwifiも預けてるし、荷物無しで2日過ごした。

9月2日
だから、月曜日は途中から急遽授業に出る事になった、なんか入りずらいよー。しかも直前でグループも知ったし。
9月3日
早速2日目から授業には出ずに、事務所でひたすら書類の最終確認で、自分以外にもトルコ人2人が入学予定だったらしいが、今年は自分一人だけだと言われた。
学生を廊下で待たせて、そのまま事務員と移民局行って、ビザ申請をしてきた。どうやら、1年は出るらしいが貰えるまでは安心できませんね〜。
9月16日
体育の授業は別の校舎riscaniなのでいちお行ってみたら、骨がくっ付くまで授業に来なくて良いって言われた。
金曜日に銀行員から「カード取りに来て」って電話掛かって来てたから、行ってきました。なんと、VISA付のカードでもちろんインターネット決済、海外での引き出しも対応との事。ICチップカードで暗証番号は何故か決められていて変更できないそうですが、一桁目が2つ違うだけで、後の3桁は予定していた数字だった。残高も5回まではATMで無料で見れるって言われて操作方法を教えてくれたが、コンピューターの処理が終了してないらしく、そのまま帰ってきました。
もー本当に親切にしてくれて感謝しきれない位親切な銀行員で、ネットでも残高見れるやり方も教えてくれた。
18日の日本文化の紹介イベントの事で折り紙クラブの人と会って話をした。17日はフジコヘミング・コンサートは自分は行かないけど、いくらしい。
ビデオカメラの練習しないとって言って帰ってきたけど、設定するだけだからね・・・。
9月18日
以前から約束してあった、折り紙クラブの人と、日本の文化や踊りの紹介イベントに行ってきました。
17時からって話だったけど、実際はそんな不陰気では無く、時間だけが過ぎて何時始まるのかなって感じで待っていました。
今回は、ビデオカメラでの撮影がメインでしたが、会場はこの暗いままかとかもわからず、明るさ設定(ホワイトバランス)はそのままでいきました。
演技する日本人の人に撮影の話をしたら、何処かにUPしてくれても良いとの事でしたが、低画質で録画予定でしたのでそのまま。
テレビ局が1つだけ来てましたが、自分が撮影ポイントを変える度に、何回も真横に来るからうっとうしい。こちらは、ショルダーカメラの比較的新しいタイプで、あちらはハンディーカメラだけど、何をそんなにライバル意識してくるのか?疑問だった。
三脚無しだし、ずーっと突っ立てるのも他の人(お客さん)に迷惑だから、前に出ない様に気を使いつつ撮影しました。
いやー久々に担いだから疲れた、肋骨も折れてるし。
かなり大勢の日本人を、向こう6年分とか見た感じで驚きました。何処からやって来たのか此処にすんでるのか?
イベント終了後は、スポンサーのトヨタ自動車モルドバの招待で民族レストランで食事しました。博物館の様になってるレストランで、食事の合間に室内見学が2回ありました。実際に使われてる状態なのでリアリティーが有り、博物館とは違い裏側とか隅々まで見れて貴重な時間となりました。
帰りに、友達のタクシーを呼んで帰りました。
10月3日
学生ビザ申請して一月経ったのでイミグレーション行ってきたけど、まだですねって言われた。エーナンデヨ
もう直ぐ90日経ってしまうけどどうすればいいのよ?って言ったらそれは大丈夫だから心配しなくて良いと言われたが。どう証明すれば???
月曜日にでも来ればって言われた。ホントだな(怒り)
10月5日ワインの日
彼女と行って来ました。いやー何時もながら込んでるね。串刺しで焼いた肉買うだけで結構並んだし、座る所はワイン買いに行ってる間に、彼女が席確保してくれたけど。かなりワイン飲んだの久振りかもと、忘れた位ワイン飲みたいと思わないから忘れた。モルドバのビールが美味しいし、足が痛くならない(通風)し。今の彼女とはアルコール禁止なので、二人では初めてのお酒です。(家では飲んでるけど、向こうは知らない)
10月7日
今日もイミグレーション行ったけど、パスポートも要求されずに、「まだだから別の日に来て」だって。(顔を覚えられたようだ)
「たぶん明日とかで入国から90日経ってしまうけど、ビザは」って聞いたら。それはだいじょうぶっていうけど。じゃあ引き換え券みたいなの頂戴って言ったら。それはあげれないし、私はどうすることも出来ないって言われた。
「警察とかに会ったら証明できないじゃん」って言ったら「外へ出歩かずに、家から出なければ良い」だって・・・。何だそれ
挙句の果て、大学に聞けばだって・・・・。
注)ビザは出るみたいだが。緑のカードが無い場合、それを(路上等で)証明する事が出来ない。
10月14日キシナウの日
授業休みかも知れないと思いつつ家を出ると。バス待ってる人が少ない、車の通りも少ない、来たバスがそんなに込んでない。嫌な予感
センターで乗り換え待ってるが、なかなかトロリーバス来ないって思ったら、道路通行止めじゃん。で、来たバスに乗って知らない方向へ、携帯で位置を確認してかなり歩いて学校へ行くと、ジェジュルナヤ(管理人みたいな人)が学校休みだよって、でも数人知らずに生徒が来たって言ってた。医学部の法へ歩いて行き家に帰る。
10月15日
あれから10日、オーバーステイな気分(再入国は何年後とか色々)ですごした。
大学が「15日にでも行けば」って言うからイミグレーション行って来ました。そうしたら、これコピーしてきてと言われた書類は2017年までビザが出てるじゃあないかい。(その内の1年までの条件付)
その後別の部屋に行き、緑のカード(これが欲しいんだよ〜)の申請手続き。速攻だと8時間後(発行料一番高い)とか有るけど、今は夕方だし余裕もって一日後にしました。一月後だと安いけど・・・。
案の定、もう夕方だから明日から一日後って言われたけど、そんな事だと思ってたので驚かない。ハイハイって言っておきました。
写真撮る装置がだめだな、後ろの背景が電気着けて明るいから、カメラに近づかないと顔が真っ暗だから、カメラに近づけって言うけど、そうすると変にアップになるから・・・。
指紋も採る所もなんだかな、液晶画面にカードに表示されるサインを書くのだけど、漢字4文字は6秒以内って書けないよ。何回もやり直ししたけど無理なので、苗字だけにした。ラテン文字ならスラスラ速いけど、サインはなるべく漢字で書くようにしてるので・・・。