思い出して書いてます
2002年9月5日

空港のイミグレーションに着いてから、しばらくは英語で会話しないといけないって気がついた。遅すぎ・短大卒業してから辞書も開いたことないし。
ホテルカルパチで日本に住んでるエジプト人に会ったおかげで、色々知ったので良かった。
ホテルの部屋の空きが無いので、今日は何処か別の所に泊まって欲しいとの事。で、エジプト人が以前泊まったホテルbulevardに一緒に行き、部屋を決めました。
早速2人で街に出て、エジプトのバーに行き、迷った挙句水タバコを2人で吸いました、支払いは毎回割缶だけどたぶんん損してたと思う。一日に何回も通った。
この人のお陰で、だんだん雰囲気に慣れていったので良かったと思う。注文はすべてやってくれたし、案内もしてくれたし。
たぶん2日後
この人が日本に帰る時に空港まで、ホテルカルパチの人の車をタクシー代わりに使ったんだけど、一緒に空港まで来てよって言われた、帰りもちゃんとここまで送ってくれるって話で、料金も払わなくて良いと言われたが、実際空港に着いたら、運転手がお金が少ないとかって怒り出したので、チョッとお金出しってって言われて、出したら素早く取って運転手に渡した、荷物を卸して何故かハグされてバイバイ。この車で帰らないといけないし、この人はお金返してくれないし。早速だまされた。
10日後位
思い切って、数回メールでやり取りした、日本語知ってる女の子に電話して、大学広場の駅の地下で会いました。日本に留学してたくらいなので日本語がうまい
その時、一緒にモルドバ人も居て、3人でマクドナルドでなんか飲みながら色々話をしました。
日本にダンサーとして行くみたいだけど、本当に踊りとか専門で行くようで、なんか超派手な衣装で踊ってる写真を見せてもらったり、日本語で色々何って言うか聞かれたので、一般的な言い方に直してあげた。
このモルドバ人は日本に行くためのビザの申請をウクライナの日本大使館まで行って来たばかりで、電車の中で誕生日を迎えて寂しいかったので今から3人で飲みに行こうって話になり、センターに有るらしいロシアンバーを探して入りました。
なんと無く雰囲気はルーマニアと違う気がした、この子は当然ロシア語で店の人と色々話していたけど、僕ら2人はロシア語知らないし。
ここで初めてコニャックを飲みました。二人は「匂いを楽しんで飲む」とか言ってるけど、匂い嗅ぐとウッって気持ち悪くなったけど、2人は普通に飲んでるし。
後なんかつまみを注文したので料金もそこそこ行ったと思うけど、お金払おうとしても「私が招待したから要りません」って言われた。
数日後
本格的に大学探しをしないといけないと思い、とりあえず初の日本大使館に行って話しを聞きに行った所、自分で手続きして入学した人は居ないのでやり方は解らないと言われたけど、MINISTERUL EDUCATIEI NATIONALE って所の内線番号を貰って、後は自分でどうにかして下さいと言われた。
ルーマニア大使館日本経由で入学手続きしてきた人が、いざルーマニアに着てから、入学できなかったってケースは沢山あると言ってました。確かに話が良すぎる内容でした。
早速、帰り道にこの住所を探してきて、内線電話があるのを確認したけど、管理人に朝来なさいって言われた。
9月16日(月)
朝一で言われた時間に行ったけど、8時からじゃなく9時からって言われた。

毎日朝一で並んで内線で電話したけど、並んでる間中、どうやって会話しようかとか、会話にならなくて切られたりしないか不安で順番待ちをした。水曜は行かなかった気がした。
金曜日に電話が通じて、電話を切られないようにとにかくガンガン英語で話したら、今から来なさいとか言われて、道路を渡った少し離れた場所を言われた。
会ってびっくり、女の人だった勝手にHE彼扱いで色々な人に聞きまくったのに。
フランス語か英語のどちらかで会話って言われたので、英語で話をしたけど、全部書類を英文に訳してあったのでそれほど問題なく終わったが、なんか紙にメモを書かれて、日本大使館の人に見せてと言われたので、そのまま日本大使館に行ったら、大使館側からこの女性に電話してくれて、どこの街でどこの大学が希望か聞かれて、ブカレスト大学ならまた来なさいと言われ、翌日行った。
書類を全部預けて、1週間後に許可書を発行してくれる事になった。

翌週、書類を取りに行き、そのままブカレスト大学の法学部の建物の事務所に行き、何とか入学手続きが終わった。冷たいイメージと違い、みんな解るまで詳しく説明してくれた。
9月30日
雨の中、明日からどうやって学校に行くか、ホテルの人にバスの番号を聞きあらかじめ行って見る事に。
意外と近くでよかったけど、自分が想像していた建物ではなかったので、その辺の大きな建物とか見て廻ったけど、初めに見に行った場所でよかったが、敷地内に野良犬ウロウロしてるし。
建物も教えてもらったけど、廊下からは警備の人が居て中に入れなかったけど、明日から学校が始まるからって、作って貰った学生証見せたら中に入れてくれた。
ドアにLIMBA・ROMANAって書いてあったので安心した。
(後日、この話を、↑上に書いた日本語がわかる子に話したら、そういう所が日本人だねって言われた。)心配性だから確認できる事は早めに
10月1日
送れずに教室に行き、待って居る間に色々外国人が来ました。
インターナショナルって感じでいいけど、やはり共通言語は英語な訳で・・・。
たぶん10月2日
この日会ったモルドバの女の子が、2007年現在もモルドバで友達です。
話はしなかったけど、白人の女の子は一人だけだったので覚えている。
たぶんこの日に、アパートを探しに行き、どこで知ったか忘れたけど、imobilia casa かな?そういう仲介業者に自分で電話して行ってきて、希望を伝えて探してもらいました。
洗濯機と机椅子・風呂・トイレ・ベット・中心地で200ドルで探してもらって、一件目か2件目で直ぐに決まり、ココの人たちと一緒にそのまま見に行きました。
手数料は一月分の半額で100ドル払ったけど洗濯機が無かったが大家が隣でそれを使って良いとの事。冷蔵庫も後から持って着てくれた。
piata revolutiei革命広場の中のアパートだからものすごく便利。1階もも鍵が掛かっているし、外から見ると3階だけど、2階1階はブティックだし、階段上がって鍵のドア開けるとオフィスになってるから、人が多いから逆に安心出来る。その中だから、土曜日曜は不気味な位静かだけど。秘密警察みたいに監視されてる気が・・特に土日、反対側は警備員が住んでいるから。
トイレもシャワー室もきれいで、20畳くらいの一部屋。カーテンがレースだから、簾みたいなのが有ったけど向かいのホテルから丸見えだと思う。
真冬の吹雪の中でも、窓開けてないと暑い日もあるくらい、寒くは無かった。窓の下一面暖房パイプが入っていたから。